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Hot Dog Express(前篇) [青き空想赤き妄想]

ここは眠らない街のホットドッグスタンド。水曜夜に売上(ケチャップの消費)をグンと伸ばしたが、舌の肥えた常連客の欲は底が見えない。エンゲル係数の高い彼らを喜ばせるためには、川の向こう岸にある競合店で評判だった辛口のスパイスが必要だった。ところが彼の運ぶマスタードがなかなか届かない。

新作の数々、コリアン風味のオタフクソースやオランダ逆輸入のレフティチーズは、すでに好評を博していた。それでも鳴り止まぬ着信のベル音、ひっきりなしに届くオーダーメッセージ。噂の一番人気を味わってみたい。豪州産のバンズをベンチで寝かしたまま、一刻も早いマスタードの到着が待たれていた。

川崎から東京へ。東海道線に飛び乗ればわずか18分という距離だが、悲しいことに九州で育った彼は首都圏の地理に疎かった。等々力名物「帰路の迷宮」に迷い込んだ彼は、どうやら武蔵小杉あたりから南武線で西北の方向へ向かってしまったらしい。オトナの「はじめてのおつかい」もまた、混迷を極めた。

責任感の塊と化した彼の焦りが募る。「ケチャップみたいなオレンジ色の列車に乗れば間に合うよ。しばらく走るとマスタードみたいな黄色い列車も並走を始める」川岸の住人たちは一様に親切だった。一本気が故の衝突を生むこともしばしばだが、共に時間を過ごすと皆が真っ正直な彼のことを好きになった。

オレンジ色の列車へ乗り換えた。ようやく結果を出せたと安堵した彼に、駅員が無情の旗を上げる。残念ながらそれは中央線ではなく、武蔵野線。府中本町のオフサイド魔術が彼をさらなる苦境へ追い込む。今宵もダメか。列車が静かに、大きなマイルストーンを越えていたことに彼はまだ気づいていなかった。



タグ:大久保嘉人
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